東日本大震災から15年を迎えました



東日本大震災から15年を迎えました。
私たち桜ライン311の最初の植樹地である浄土寺の今日の景色です。
あの日から今日まで、私たちはこの街で桜を植え続けてきました。

「私たちは悔しいんです。」
2011年8月、東日本大震災は未曾有でもなく想定外でもなく、およそ1,000年に一度の頻度でこの地域を襲う周期的な災害だという報道がありました。その報道を見た時に、私たちの胸に込み上げてきたものは「悔しさ」でした。もし18m近い津波がこの街を襲う可能性があると分かっていたのなら、これだけの命が失われることはなかったのではないか。
次の東日本大震災は必ずやってきます。時間による風化を防ぎ、その時にこの地域に住む人々の命を守りたい。そのために津波の最大到達地点に桜を植え、後世に避難の目標として伝え残していきたい。

こうして私たちの桜ライン311は2011年10月に始まりました。その総延長は170km。陸前高田市内の最大津波到達地点に10m間隔で桜の木を植え、17,000本の桜並木を後世に伝えることを目標にしました。
同年11月に植樹を開始、この約15年間で489箇所、植樹本数は2,433本、植樹事業への参加者は累計10,601名となりました。
先日3月5日に【東日本大震災15年対談】岡本翔馬×佐藤一男「15年目の現在地—桜とともに歩んだ時間」を公開させていただいておりますが、この15年という時間は決して短いものではありません。
私たちに多くの時間と寄附を初めとする支援を頂いた皆さまのおかげで今日この日があります。
この15年余り、事業を続けられたことに感謝しかありません。

15年というタイミングで当団体として、これまでとこれからを整理する意味でも事業計画を再度設計しています。
植樹に関わる主な数値面が大きな一つです。
津波の到達地点の総距離は170kmというのはそのまま変わりませんが以下の数値が見えてきました。
この15年間で植樹許可を頂いた土地の総距離は33km、そこに2,420本の桜が植えられています。
※距離と植樹実数に差があるのは、許可頂いた場所に地権者の希望する本数での植樹になるためです。
植樹が現実的に検討しにくい場所も多数あります。
具体的には擁壁や崖・島・道路上・民家・不許可の土地・湿地帯・河川・田畑の近隣など、
これが現在の試算では68kmとなります。
この事から残りの現実的な最大植樹可能距離/本数としては69km/6900本という数値となります。

植樹する苗木や使用する資材についても、人的コストや資材価格の高騰など社会情勢の変化を受けて見直しを行っています。こちらについては改めてご報告をさせていただきたいと思います。



私たちの原点は時間が経っても消えることのない「悔しさ」です。
しかし、今は共に行動し続けてくださる方々が全国にいます。震災への思いはそれぞれに、“あの日の教訓を忘れてはいけない”という思いを共にする仲間がいます。地権者さまや地域の皆さま、足繁く植樹に参加してくださる皆さま、そして個人・法人の寄附者の皆さまがいます。
こうした皆さまの存在こそが、私たちの誇りであり、この活動を続けるもう一つの原動力です。
改めて心より御礼申し上げます。

自然災害で人命が失われることで生まれる悲しみを2度と繰り返さない未来をつくる。
桜の花が春に固い蕾を開くように、減災の意識が多くの人に根を張り、花を咲かせる日が来ることを信じて歩み続けてまいります。

最後になりますが、東日本大震災で亡くなられた全ての方のご冥福をお祈りいたします。
そしてこの日が今を生きる人々にとって生き方を見つめ、大切な人を思う日であってほしいと心から願っております。

認定特定非営利活動法人 桜ライン311
代表理事 岡本 翔馬
理事・スタッフ一同

※なお本日3月11日は、スタッフそれぞれが東日本大震災と向き合う日として業務はお休みをいただいております。よろしくお願い致します。

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